
中間高校演劇部の歴史
・・・正直言って、4年しか歴史がないのに、こんなものをつくっていいのか!
という気もしますが、とりあえず披露しましょう!!
1996年(平成8年)
アトランタオリンピックが開催されました。
4月
振り返ると、この年に入学した生徒が演劇部を創りたいと言い出したのがきっかけでした。一人の女子生徒が、「演劇部を創りたい!」と、恐る恐る訪ねてきたわけですが、正直に言うと「できるわけないじゃん」と思ってました。彼女以外に希望者は出ないと思っていました。しかし、実際には4人集まってきました。これが多いかどうかはよく分かりませんが、とりあえず学校に掛け合い、「演劇同好会」が誕生しました。
5月
とりあえず、文化祭に出場することにしました。ですが、文化祭では「文化部」扱いにならないことが判明しました。文化祭の予算は4月の時点で全ての文化部へ配分してしまったらしいのです。そういうことで演劇同好会は「個人企画」扱いで、少々の金銭援助を受けることになりました。
6月
無事に・・・終わることはありませんでした。何がって、文化祭ですよ、文化祭。4人で芝居を全て創りあげるのは、ほとんど自殺行為でした。一応お手伝いさんはいましたが、何を手伝ってもらったらよいかを4人の同好会員が分からないため、一つの作業にとんでもなく時間がかかりました。しかも、顧問が水泳部の顧問を兼ねていたため、リハーサル当日に水泳部の試合の引率をする事態になったのです。これはもう、想像を絶するようなパニックでした。言うなれば、若葉マークのドライバーが、知らない土地へカーナビがないまま運転している状態です。
それでも、芝居は無事(?)終了しました。顧問も舞台に立って、みっともない演技を披露しましたが、いつかもう一度生徒達と舞台に立ってみたいですね。翌日は打ち上げの昼食会を開きましたが、みなさんよく食されていました。
9月
なかまハーモニーホールというものが中間市にはあります。平成8年に完成した、非常に新しいホールです。そのホールの企画で、演劇のワークショップが実施されることになりました。同好会のメンバーも少しだけ増えたので、これは参加するしかないと思いました。講師が平田オリザさんでしたので、いい勉強になると確信したわけです。
このワークショップでは、演劇を創る楽しさを味わうことが主眼だったように思います。最後は12月の下旬に、ハーモニーホールで寸劇を発表する予定です。生徒にはもってこいの企画です。実際に参加を申し込みました。なぜか顧問もやる気マンマンで参加していました。
11月
高文連の地区大会と県大会がありました。いずれは我々も参加するつもりでしたので、生徒を連れていくことにしました。ちょうどこの年は、私の母校が県大会、九州大会にまで出場することができましたので、練習風景を見学させてもらうことにしました。他の学校の芝居をたくさん観ることができた生徒達は、是非来年は地区大会に出たいと、ことあるごとに顧問に言うようになってしまいました。きっと良い刺激だったのでしょう。
12月
なかまハーモニーホール主催のワークショップがとうとう大詰めを迎えました。寸劇を小ホールで発表することになりました。ワークショップの参加者は大学生や会社員、地元劇団員など、普通の部活動では接することのできない人達ばかりでしたので、生徒にはよい思い出になったことでしょう。
また、平田オリザさんとの出会いも、生徒達には強烈な体験だったようです。寸劇発表のあと、大ホールで青年団の公演が行われました。公演終了後、ロビーで脚本にサインを頂いたり、「来年は高文連の県大会でお会いしましょう」とのありがたい言葉を頂いたり、生徒も顧問も舞い上がったひとときでした。